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お茶のれきし年表|いつ日本に来た?だれが広めた?を図でわかりやすく(自由研究にも)

健康 2026.07.30.


けつろん|お茶は中国から来て、約1200年前に日本へ

毎日のみものとして親しまれている日本のお茶。

じつは、はじまりは日本ではなく中国(ちゅうごく)でした。

今からおよそ1200年前、奈良(なら)から平安(へいあん)の時代に、中国へわたったお坊(ぼう)さんたちがお茶を日本に持ち帰ったと伝えられています。

そこから長い年月をかけて、少しずつ日本中に広まっていきました。

この記事では、江戸時代(えどじだい)から掛川(かけがわ)でお茶をあつかってきた老舗(しにせ)茶問屋(ちゃどんや)の宝和園(ほうえん)が、お茶の歴史を年表(ねんぴょう)と図で、やさしくご説明いたします。

夏休みの自由研究(じゆうけんきゅう)にもお使いいただけます。


お茶のれきし年表|奈良時代から今まで


お茶がどのように日本へ来て、どう広まったのか。時代(じだい)ごとにまとめると、次のようになります。

時代(じだい)いつごろお茶におきたこと
奈良〜平安時代約1200年前(8〜9世紀)中国(唐)へわたったお坊さんが、お茶を持ち帰ったと伝えられる。815年には、嵯峨(さが)天皇にお茶をさしあげた記録が残る(『日本後紀』=日本にのこる最も古いお茶の記録のひとつ)。
鎌倉時代約800年前(12〜13世紀)栄西(えいさい)というお坊さんが、中国から抹茶(まっちゃ)ののみ方を伝え、『喫茶養生記(きっさようじょうき)』という本を書いた。武士(ぶし)の間に広まる。
室町時代約600年前(14〜16世紀)お茶をもてなす「茶の湯(ちゃのゆ)=茶道(さどう)」が生まれる。
安土桃山時代約450年前(16世紀)千利休(せんのりきゅう)が、しずかで質素(しっそ)な「わび茶」を大成(たいせい)した。
江戸時代約400〜150年前ふつうの人々(庶民=しょみん)にもお茶が広まる。1738年、永谷宗円(ながたにそうえん)が今の煎茶(せんちゃ)ののみ方をつくった。掛川でもお茶づくりがさかんに(私共・宝和園もこのころ、宝暦年間=1750年代から)。
明治〜今約150年前〜現在機械(きかい)でたくさん作れるようになり、外国へも輸出(ゆしゅつ)。ペットボトルのお茶も生まれ、身近なのみものに。


※ お茶が伝わった正確(せいかく)な年には、いくつかの説(せつ)があります。ここでは記録(きろく)に残っているものを中心にまとめています。


だれが広めた?|3人だけおぼえよう

お茶の歴史には、たくさんの人が出てきます。でも、まずはこの3人をおぼえれば大丈夫(だいじょうぶ)です。

栄西(えいさい)

建仁寺両足院蔵(パブリックドメイン)

鎌倉時代のお坊さん。中国から抹茶ののみ方を日本に伝え、お茶の本を書いた「お茶を広めた人」。

千利休(せんのりきゅう)

千利休肖像画(堺市博物館所蔵)
千利休肖像画(堺市博物館所蔵)

安土桃山時代の人。お茶でお客様をもてなす「茶の湯(茶道)」を、今につづく形にした「お茶を文化にした人」。

永谷宗円(ながたにそうえん)

江戸時代の人。みなさんがふだんのむ緑色の煎茶(せんちゃ)ののみ方をつくった「今のお茶にした人」。

「①広めた人・②文化にした人・③今の形にした人」と、やくわりで分けておぼえると、わかりやすいですよ。


むかしのお茶と、今のお茶はどうちがう?

むかしのお茶と、今わたしたちがのむお茶は、少しちがいます。

むかし(鎌倉ごろ)

お茶は「おくすり」のように、体によいものとして飲まれていました。抹茶のように、茶葉(ちゃば)を粉(こな)にして飲むのが中心でした。

急須(きゅうす)でいれる緑色の煎茶が中心です。ペットボトルでも手軽(てがる)に飲めます。


のみ方は変わっても、「お茶で人をもてなす」「ほっと一息(ひといき)つく」という気持ちは、むかしから変わっていません。


自由研究のヒント|どうまとめる?


お茶の歴史を自由研究にするなら、こんなまとめ方がおすすめです。

① この記事の年表を、大きな紙に書きうつしてみる(時代ごとに色を分けると見やすい)。

② 「だれが広めたか」3人を、絵(え)といっしょにしょうかいする。

③ 中国のお茶・日本のお茶・紅茶(こうちゃ)など、世界のお茶をくらべてみる。

④ 実際(じっさい)におうちでお茶をいれて、色・におい・味を書いてみる(下の「おうちで体験」へ)。


おうちで体験|お茶をいれてみよう

歴史を知ったら、じっさいにお茶をいれてみると、もっとおもしろくなります。おうちの人といっしょに、やけどに気をつけて試(ため)してみてください。

急須に茶葉を入れる(ティースプーン2はいくらい)。

少しさましたお湯(70~80度くらい)をそそぐ。

30秒~1分まってから、湯のみにそそぐ。

色は? におい? 味は?――気づいたことをメモすると、りっぱな研究(けんきゅう)になります。掛川(かけがわ)の深蒸し茶(ふかむしちゃ)は、みどり色がこくて、あまみを感じやすいお茶です。


もっとくわしく知りたい人へ


大人の方や、もっとくわしく知りたい方は、こちらの記事もどうぞ。お茶の歴史を、はじまりから日本文化への広がりまで、くわしくご説明しています。

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よくある質問(FAQ)


Q. お茶はいつ日本に来たのですか?

A. 今からおよそ1200年前、奈良~平安時代に、中国へわたったお坊さんが持ち帰ったと伝えられています。815年には天皇にお茶をさしあげた記録が残っています。


Q. お茶はどこから来たのですか?

A. 中国(ちゅうごく)です。もともとは中国のお茶が、日本・世界へと広がっていきました。


Q. だれがお茶を広めたのですか?

A. 鎌倉時代の栄西(えいさい)というお坊さんが、抹茶ののみ方と本を通して広めたと言われています。のちに千利休が茶の湯を、永谷宗円が今の煎茶をつくりました。


Q. むかしのお茶と今のお茶はちがいますか?

A. むかしは抹茶のように粉にして飲むのが中心で、おくすりのようにも考えられていました。今は急須でいれる緑色の煎茶が中心です。

宝和園のエンブレム
監 修
― 農林水産大臣賞 5度受賞 ―

茶問屋「宝和園」8代目当主の岡本義明です。宝暦年間(1750年代)に、岡本家が静岡県掛川に根を下ろし茶業に携わるようになって以来約250年。その伝統が生み出す味と香りを長年の修行により体得し、1987年に8代目を襲名いたしました。

受賞歴:●全国高級煎茶品評会 最高級煎茶の部「農林水産大臣賞」5回受賞 ●全国高級煎茶品評会 高級煎茶の部「東京都知事賞」6回受賞 ●全国高級煎茶品評会 最高級煎茶の部「名人」5回受賞 ●その他、「通商産業大臣賞」、「静岡県知事賞」、「大阪府知事賞」など多数。

学術面でも、『火入れ工程におけるマイクロ波加熱処理の製茶風味成分への関与』(日本食品科学工学会誌 43巻11号, 1996)に共著者として参加。

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